理想討論会

理想討論会

理想を抱いて溺死したいのです

『俺ガイル 完』1話 感想・考察 過去は未来への「助走」に

 

 この記事は『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第1話

「やがて、季節は移ろい、雪は解けゆく。」

の感想・考察記事です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

OP「芽ぐみの雨」から「本物」観を読み解く

 

彼女、或いは彼ら彼女らの青春は「ユキトキ」の季節を渇望し、待ち望んだと思った未来ではない「春擬き」に失望し、冷たくて残酷な、悲しいだけの本物を見つけに向かった。

 

f:id:hirotaki:20200717021904p:plain

もしこの物語が終わるのなら

結末は雪じゃなく雨が降ればいい

なぜって 顔を上げていられるから

ずぶ濡れでも きっと誰かには芽ぐみの雨だった

 

奉仕部、いや比企谷八幡の(現時点での)「本物」観はまさにこの一節に集約されていると思う。

  • 1期「ユキトキ」→春を待ち望む(未知)
  • 2期「春擬き」→こんなのは春じゃない(無知、或いは既知)

 

1期で彼らは出会い、互いを知らないからこそ春陽の暖かさを幻想する。比企谷八幡由比ヶ浜結衣は助けた/助けられたのレッテルを「押し付け」合い、比企谷八幡雪ノ下雪乃が嘘をつかないと「勝手に期待して」いた。そしてそれらの仮面を脱ぎ、2期でいざ時を重ね互いを知っていくうちに「春ではない何か」に溺れていた。なまじ知っているがため、また何かに囚われていたのだ。

 

そして3期。ほんの少し互いを理解している彼ら彼女らが、特に比企谷八幡が現時点で見つけた結論の一つ。それは「雪」ではなく「雨」。白く芽を覆い、知らぬ間に踏み潰してしまう雪ではなく、たとえ自分がずぶ濡れになっても、たしかに何かを育むはずの、悲しく前向きな雨。きっとどちらも冷たいけれど、冬よりはほんの少し暖かく、確実に雪を解かしてくれるはずだと信じて。

 

決して望んだ結末ではないけれど、それが「本物」だと信じて、比企谷八幡は進んでいくのだろう。

 

 

 

 

「過去」に触れる

 

f:id:hirotaki:20200717022055p:plain
f:id:hirotaki:20200717022248p:plain
f:id:hirotaki:20200717022357p:plain


本話では特に思い出の話がよく出てくる。Aパートでは奉仕部、Bパートでは小町(+川崎沙希も少し)といずれも昔話と回想シーンが描かれている。理由は2つほど考えられる。

 

第一に、新章に向けた復習という意図があるだろう。原作なら11巻~12巻の間に2年あり、アニメも2期~3期で5年という年月が経っている。読者・視聴者の知識を補うという意図は確実にはたらいているはずだ。

 

 

そして第二には、前に進むための「助走」という意味合いが大きいだろう。「決別」とも言い換えられるかもしれないが(特に小町との会話には「決別」の色合いも強い)、主役である奉仕部に焦点を当てると「助走」の方がより適切だと感じた。

 

原作における八幡のモノローグに、こういうものがある。

 

 過去を振り返ればきりがない。この一年間語る言葉はきっといくらでも出てくる。それも、明るくて、楽しくて、ただ笑っていられるような話ばかり。

話したいことだけを話して、話したくないことはそのままで。

本当に言いたいことは何一つ、言わずに。

恣意的に、意図的に。それを話さないことで、そこを気にしているのだとすぐに分かってしまう。

 

(中略)

 

一緒に過ごした時間は一年に満たない。その中で、覚えていることも忘れてしまっていることも忘れたふりをしていることもたくさんあって。

そんな昔語りの思い出話も、いずれは尽きてしまう。

過去から現在の話をし終えてしまえば、途切れるのは必定。

なら、これから語るべきは、未来の話だ。

 

渡航『やはりやはり俺の青春ラブコメはまちがっている。⑫』(ガガガ文庫、2017年)35、36頁より。強調は引用者による。

 

八幡はあの他愛もない昔話にあまり肯定的ではない態度をとっている。

確かに彼ら彼女らにとってこのお為ごかしの会話は望ましいものではないのだろう。ずっと変わらずに在り続ける「過去」を語るという行為は、修学旅行後の痛々しい部室の空気に似た、そういう類のものなのだ。

 

しかし、これはあくまで私の感想であるが、「過去」を語るという行為は彼らにとって絶対必要なものなのだと思う。いや、そうであってくれたのなら私はとても嬉しい。

その「過去」たちは、彼らが歩んできた道に他ならない。甘々しいものから苦々しいものまで、確かな輪郭を持って彼ら彼女らの内側にある。それらは間違いなく今の彼ら彼女らを構成しているもので、そのことを語らずに未来は語れないだろう。

 

 

加えて、八幡がコーヒーを買ってベンチに戻るシーンにこんな一節がある。前後の文がなければ少々分かりづらい表現になっているが、あまり長々と引用するのは気が引けるので、重要な箇所だけ紹介する。

 

一昔前は百円玉で買えたという温もりよりも、わずか一瞬、布越しで触れただけの三十六度のほうがよっぽど熱かった。

手に感じる熱ではなくて、あのとき触れて今なお胸に残る熱を噛み締めながら、俺はまた元いたベンチへとゆっくり向かう。

 

渡航『やはりやはり俺の青春ラブコメはまちがっている。⑫』(ガガガ文庫、2017年)16頁より。強調は引用者による。

(*八幡はコーヒーを買いに行く前3人でベンチに座っていた。空いているスペースは、原作では八幡の座っていた場所でもある)

 

いつかの幼少時代の過去よりも、つい数分前の「過去」の方ががよっぽど懐かしい。缶越しに伝わってくる熱よりも、今は感じるはずのない三十六度はずっと胸に残って温かい。どちらも彼女らと積み重ねてきた瞬間に温もりを感じているのである。ただの過去ではなく、彼女たちと共に過ごしてきたという意味を持っている「過去」を。

 

 

彼ら彼女らは先に進むと決めた。冷たくて残酷な、悲しいだけの本物を求めると。

なら、だからこそ、この温かな「過去」に触れる必要があったのだと思う。その温かさはまちがい続けてもここまで歩んできたことの何よりの「証拠」であり、「報い」でもあるのだ。そしてそれを偽物で終わらせてはならないと、八幡はそう思ったのではないだろうか。

 

f:id:hirotaki:20200717022627p:plain

 

 

過去は「決別」するものではない。過去も現在も未来も常に地続きだ。過去は一生逃れることもできないけれど、一生失うこともない。

なればこそ「助走」という表現がふさわしいはずだ。今を大切に思う源であり、未来へ行くための推進力。

『俺ガイル完』はまだ見ぬ未来=本物を見出す物語だ。だからこそ、この1話ではより「過去」を大切に描いてくれたのかもしれないと、そう思うのだった。

 

 

 

余談

 

  • 「野の百合、空の鳥」さん

弊ブログと同じくはてなブログにて俺ガイル考察をされている「野の百合、空の鳥」さんのブログをご紹介します。

知識量から考察力、語彙力までこの記事とは段違いで最高に面白い記事です。読みこみ量の違いに自分を恥じたくらい。正直こっち読んでくれたほうが5億倍理解が深まると思います。

こんな辺鄙なところまで検索されに来た方なら知っているかもしれませんが、もし知らなかった方は是非一度読んでみてください。ちなみにアニメだけでなく、原作各巻の考察記事も書かれています。

 

www.zaikakotoo.com

 

 

 

アニメ『俺ガイル』はOP・ED共に作品をより深く理解するために役立つピースの一つですが、キャラクターの特徴を捉えた「キャラソン」もまた登場人物への理解を深めてくれます。

3期放送ということでこれまでのキャラソンを収録した「やはりこのキャラソンはまちがっている。集」、新曲を収録した「やはりこのキャラソンはまちがっている。完」が発売予定ですが、ぜひキャラソンを聞いてほしいということで私からおすすめキャラソン3選をご紹介させていただきます。

(*これから紹介する曲はすべて「やはりこのキャラソンはまちがっている。集」に収録されていますのでそちらで購入してもらっても聞けますが、普通に過去のキャラソンをレンタルしても良いと思います)

 

 

1位:ハッピーエンドのそばで -由比ヶ浜結衣-

正直このコラムを作ったのはこれを聞いてほしいという理由が8割です。由比ヶ浜好きにはもちろんのこと、より一層『俺ガイル』への熱が高まること間違いなし。ちなみに私はこれで由比ヶ浜が大大大好きになりました。由比ヶ浜の「ずるさ」や「優しさ」が余すことなく詰めこまれたポップチューン。タイトルが良いよね、「ハッピーエンドのそばで」っていうのがすごく由比ヶ浜感……。

ハッピーエンドのそばで

ハッピーエンドのそばで

  • 発売日: 2015/12/30
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

 

2位:いつか君が大人になるまで -平塚静-

『俺ガイル』好きなら誰しも大好き頼れるお姉さん、平塚先生のキャラソン。タイトル通り辛いときやしんどいときに背中を押してくれる歌で、一時期ずっと聞いてた覚えがあります。余談ですがサビの雰囲気が嵐の「Happiness」に似てる気がします。

いつか君が大人になるまで

いつか君が大人になるまで

  • 発売日: 2015/12/30
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

 

 

3位:Bitter Bitter Sweet -雪ノ下雪乃由比ヶ浜結衣-

文化祭で雪ノ下らが即興で披露した楽曲。聞いていると八幡の名言や文化祭の映像が様々浮かぶ一曲でもありますが、単純に楽曲しても素晴らしくて、雪ノ下と由比ヶ浜の素直さがビシビシ伝わってきます。この曲を聞いたあと文化祭回を見ると、結構心に来るものがあります。

Bitter Bitter Sweet

Bitter Bitter Sweet

  • 発売日: 2014/08/20
  • メディア: MP3 ダウンロード